博士学生キャリアパス

企業が博士人材に求める力

企業における博士人材の活躍:アンケート調査から

日本の企業における博士人材採用・活用はこれまで、欧米と比べてあまり盛んではなく、研究開発職を始めとした一部の職種における限定的な採用が主というイメージがありました。ところが近年、博士人材の採用を進める企業は少しずつ増えてきています。では、企業は博士人材にどのような力を求めているのでしょうか。

株式会社アカリクが実施した企業の人事担当者対象アンケートによると、「(大学院生を採用する企業が)修士や博士を採用したい理由」として「論理的思考力」「専門性」「専門性を身に付ける力」などが上位に挙がっています(図1)。

図1 修士や博士を採用したい理由(株式会社アカリク 採用動向調査レポート(2024年5月実施)より作成)

また、研究開発職以外での博士人材の活躍についても、関心が高まっています。株式会社アカリク「博士学生のビジネスでの活躍に関する実態調査」(2023年)によると、研究職以外で博士学生の採用経験のある人事担当者が、特に博士学生のパフォーマンスの高さを「研究によって得た幅広い知識により視野の広さ」「批判的な思考力」といった点で評価しており、9割以上の人事担当者が、これからも博士人材採用を続けたいと思っていると回答しています(図2)。

図2 博士学生のビジネスでの活躍に関する実態調査より

つまり、博士課程で培った高度な専門性だけでなく、さまざまなビジネスシーンで汎用的に活かせる能力の高さにも、注目が集まっているのです。

博士人材が仕事で役に立ったと思う能力は?

では、博士人材自身が、就職後に「実際に役に立った」と感じる能力にはどのようなものがあるのでしょうか。

科学技術・学術政策研究所「産業界で必要なスキル・能力の獲得について-管理職4,000人の意識調査より-」(2018)によると、大学院卒の企業管理職が「一般社員時代に業務に役立ったスキル」として研究力、強みとなる専門知識、職場における最新技術等への適応力、数理・データサイエンスに関する知識を挙げています。

また、科学技術・学術政策研究所「博士人材追跡調査 第4次報告書」(2022年)によると、博士人材が現在の仕事において役に立っている能力として、論理性や批判的思考力という回答が大変多かったことがわかりました。こちらの調査は企業、アカデミアを含めさまざまな職業に就いた人全体への調査ですので、企業に限らず多くの職場で論理的思考力が活躍の鍵となっていることが窺えます(図3)。

図3 博士人材が現在の仕事で役に立っていること(科学技術・学術政策研究所「博士人材追跡調査 第4次報告書」(2022年)を基にアカリク再作成)

また、奈良先端大キャリア支援室「奈良先端大 修了生インタビュー」では、企業で活躍する修了生のキャリアパスについて紹介するとともに、大学院で学んで企業での仕事に役立っている力についても尋ねています。どのインタビューでも、単に専門性だけではない汎用的な力が企業の現場で具体的にどう役立つのかが語られていますので、是非読んでみてください。

トランスファラブルスキルとは

「トランスファラブルスキル」とは、特定の分野や職種に限らず、さまざまな環境で応用できるスキルのことを指します。これまでご紹介した調査からもわかるように、博士課程で身につくスキルの多くは、実はトランスファラブルスキルとして企業等幅広いフィールドで求められています。

例えば、研究活動によって身につくスキルには、以下のようなものが考えられます。

論理的思考・問題解決能力

論理的に課題を分析し、適切な解決策を導く力

データ分析・定量的スキル

実験・調査データを統計的に処理し、客観的な判断を行う力

情報収集・リサーチスキル

最新の研究や技術動向を素早く把握し、適切に活用する力

コミュニケーション能力

相手の意図を的確に汲み取り、相手の求める答えをわかりやすく的確に伝える力

プロジェクトマネジメント

計画立案、スケジュール管理、タスク整理を行う力

自主性・自己管理能力

自律的に研究(仕事)を進め、効率的に時間を使う力

チームワーク・協調性

異分野の専門家との協力を円滑に進める力

創造力・発想力

既存の枠にとらわれず、新しい視点やアイデアを生み出す力

持続力・レジリエンス

長期間にわたる試行錯誤や困難な課題に粘り強く取り組む力

多角的視点・分野横断的思考

異なる分野の知識を統合し、新しいアプローチを考える力

このように、博士課程で培ったスキルは、研究職に限らず、幅広いキャリアで活かせる可能性があることがわかると思います。

学際的な力でイノベーションを起こせ!

イノベーションは、異なる分野の知識が交差することで生まれます。博士人材の強みの一つは、ある専門分野について0から学び、必要な情報を収集し、専門性を確立するための基礎的な力を身に付けていることです。すなわち、複数の分野を正しく理解し、結び付けて融合させることを可能にするポテンシャルを持つ、ということに他なりません(図4)。

図4 博士の素養

例えば、AIと医療、材料科学と環境技術など、異分野の知識が組み合わさることで新しい価値が生まれます。企業では、こうした学際的な視点を持つ人材が、新規事業の開発や技術革新の推進に大きく貢献しています。

博士課程では、異分野の研究者とディスカッションをする機会も多くあります。この経験を活かし、企業の中でも積極的に異分野の専門家と協働し、新しいアイデアを生み出す姿勢が求められています。

まとめ

企業が博士人材に求めるのは、専門知識だけではありません。課題解決能力、論理的思考力、データ分析力、コミュニケーション力といったトランスファラブルスキルが、企業での活躍を左右します。また、学際的な視点を持つことで、新たなイノベーションを生み出す可能性が広がります。

しかしこれらの能力は、普段の研究活動ではなかなか力が身についていることを実感しづらいのも特徴です。博士課程で培った力をどのように企業で活かせるかを意識しながら、キャリア開発を進めることが重要です。

博士号はゴールではなく、新たな可能性へのスタートラインです。企業での活躍の場を広げるために、自身のスキルを整理し、強みを最大限に活かしていきましょう。